大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

長崎地方裁判所 昭和62年(ワ)9号 判決 1988年6月28日

原告 若島均

右訴訟代理人弁護士 林健一郎

被告 株式会社 長崎相互銀行

右代表者代表取締役 木村正道

右訴訟代理人弁護士 森竹彦

右訴訟復代理人弁護士 山下昇

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告またはその代理人に対し、被告本店及び支店において、営業時間内いつにても被告の株主名簿及び端株原簿を閲覧謄写させなければならない。

2  被告は原告に対し金五〇万円及びこれに対する昭和六二年一月二三日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  被告は、資本金八億八〇〇〇万円(発行済株式総数一七六〇万株、一株の額面金額五〇円)の株式会社(相互銀行)である。

2  原告は、被告会社の株式六万一一八七株を保有する株主である。

3  原告は被告に対し、昭和六一年一二月一二日、代理人弁護士林健一郎を介して、被告の株主名簿及び端株原簿の閲覧謄写を求めたが、被告は、同月一九日、これを拒否した。

4  原告は被告の右違法行為により、株主としての権利行使を妨げられたため、精神的に重大な苦痛を受けたものであり、右損害は金銭に見積もると金五〇万円を下らない。

よって、原告は被告に対し、商法二六三条二項により被告会社株主名簿及び端株原簿の閲覧謄写を求めるとともに、不法行為による損害賠償として金五〇万円及びこれに対する弁済期後である昭和六二年一月二三日(本件訴状送達の翌日)から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因第1ないし第3項の各事実はいずれも認める。

2  同第4項の主張は争う。

三  抗弁

1  原告は、昭和五八年五月、当時被告代表取締役であった訴外米田茂、当時から引き続き被告代表取締役の地位にある木村正道、同堀敏明を被告として、長崎地方裁判所に対し商法二六七条に基づき金三〇〇〇万円の損害賠償を求める代表訴訟を提起し(同庁昭和五八年(ワ)第一八三号)、その経過を株主に報告する目的で、被告に対し、株主名簿等の閲覧謄写請求をしたものである。

2  しかし、原告は、右代表訴訟を提起する一方で、自ら主宰する「九州ジャーナル」紙の第九号ないし第一八号において、被告及び右米田らに関する中傷記事を掲載し、これを被告の従業員、取引先及び一部の株主などに郵送し、あるいは被告支店の周辺において戸別及び街頭配付して、宣伝活動を行った。

3  原告は、また、訴外笹子勝哉なるフリーのジャーナリストを通じて、昭和五九年一〇月二三日及び二四日の二回にわたり、右代表訴訟に関する原告の一方的見解を内容とする記事を掲載させたうえ、これを大量に購入して被告従業員、取引先の一部などに郵送した。

4  原告は、昭和五九年七月一日ころにも、被告従業員に対し、右代表訴訟に関する原告の見解を記載した書面を配付した。

5  以上のように、原告は、右代表訴訟に関して株式に対し一方的宣伝行為をなし、被告の社会的信用を失墜させ、右訴訟に対する訴訟外の圧力を拡大継続する意図に基づいて、本件閲覧謄写請求をしたものであることは明らかであり、かような違法・不当な目的による株主名簿等の閲覧謄写請求は株主の権利濫用として許されないものというべきである。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁第1項の事実は認める。

2  同第2項の事実は、九州ジャーナルの記事内容が被告及び訴外米田らに対する中傷であるとの点を除き、認める。右はいずれも事実の報道である。

3  同第3項の事実のうち、原告が訴外笹子勝哉をして、前記代表訴訟における原告の一方的見解を内容とする記事を掲載させたとの点は否認し、その余は認める。

原告は右笹子から取材を受けたにすぎないし、原告が右代表訴訟で主張した被告の不正融資問題は、既に読売新聞でも報道済であり、周知の事件であった。

4  同第4項の事実は認める。

5  同第5項の主張は争う。

被告は、右代表訴訟について何ら株主に知らせることをせず、ひたすらこれを隠そうという態度に終始しており、かような状況下において、原告がその実情を他の株主に周知させようとすることは何ら非難されるべきことではなく、これをもって訴訟外の圧力というのは的外れである。仮に、原告が知らせた内容に事実と相違するところがあれば、被告はその広報紙誌などでその誤りを指摘するなど、言論には言論をもって対応するべきであり、株主名簿の閲覧謄写を拒否して、原告の自由な言論を封じようとする被告の態度こそ卑劣であるといわなければならない。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因第1ないし第3項の各事実はいずれも当事者間に争いがない。

二  抗弁第1項の事実、同第2項のうち、九州ジャーナルの記事内容が被告及び訴外米田らに対する中傷であるとの点を除くその余の事実、同第3項のうち、原告が訴外笹子勝哉をして、前記代表訴訟における原告の一方的見解を内容とする記事を掲載させたとの点を除くその余の事実及び同第4項の事実は、いずれも当事者間に争いがない。

三  《証拠省略》を総合すると、以下の事実が認められる。

1  原告は、被告の昭和五四年から五七年にかけての訴外医療法人慈徳会滑石中央病院、同株式会社マルセ、同長崎漁連商事株式会社に対する総額二六億円を超える貸付が、いずれも十分な担保を徴しないままなされた不良貸付、あるいは相互銀行法に定める貸付限度額を潜脱する違法なトンネル融資であり、これらにより回収不能となった金額につき、当時の被告代表者ないしは融資担当取締役であった前記米田らは被告に対し損害賠償義務があると主張して前記代表訴訟を提起し、その後、右のうち訴外医療法人滋徳会滑石中央病院に関する主張を撤回し、新たに訴外筒井邦憲及び同明海水産有限会社がそれぞれ振出した手形を右株式会社マルセのため割引し、これにより同社に融資した合計二億六〇〇〇万円もまた回収不能となったとの主張を追加して、内金二億円の損害賠償を請求した。

2  これに対し、右米田らは、本件における被告の抗弁と同様の事実を主張し、原告は被告の損害の回復を図る目的で誠実に訴訟を追行する意図は有しておらず、専ら自己の私利私欲を満足させる目的で、被告の信用を低下させ、かつ被告従業員らを困惑させるために右代表訴訟を提起したものであるとして訴え却下の訴訟判決を求め、本案の主張として、株式会社マルセに対する融資の開始当時は同社の信用不安の事実はなく、その後諸般の事情により同社の資金繰りが困難となり、昭和五七年八月以降会社整理の申立を経て破産手続に移行するという結果となったが、地域の重要企業である同社に対する支援継続は、地域に密着した金融機関である被告に対する社会的要請であり、右米田らの適正な業務執行ないし経営判断の枠内の事項であって違法と評価される筋合はないし、前記長崎漁連商事株式会社に対する融資(手形割引)も、強大な信用力を有する長崎県漁業協同組合連合会の全額出資による同社との独自の取引であって、株式会社マルセに対するトンネル融資などではなく、回収が可能であること疑う余地もなかった旨主張している。

3  被告は、右長崎漁連商事株式会社及び筒井邦憲に対する手形割引金及び約束手形金請求の訴訟を提起し(長崎地方裁判所昭和五八年(ワ)第六五号ほか)、昭和六二年六月二六日、請求全部認容の判決を得た(同事件の被告らにおいて控訴中)。

4  原告は、昭和二八年から昭和三九年四月まで被告従業員として勤務し、その後福岡市内で太陽信販株式会社を設立し、また第一物産株式会社、信光商銀株式会社、若島興産株式会社などを経営して金融業、不動産取引業などを営んでいたが、昭和四六年ころから被告の株式を取得保有するようになった。

5  原告は、自らの資金により九州ジャーナルという新聞を月二回発行していたが、昭和五九年二月二九日発行の第九号からその紙面の大部分を被告の前記融資問題にあてるようになり、前記代表訴訟における原告の主張と一致する内容の記事を継続して掲載した。

また、昭和五九年一〇月二四日と二五日の二回にわたり、日刊ゲンダイなる新聞が前記代表訴訟に関する笹子勝哉記者の署名入り記事を掲載したが、原告は同記者に資料、情報を提供したうえ、同紙を大量に購入し、九州ジャーナル社名義で被告取引先に送付した。

原告は、右九州ジャーナル紙を被告の株主の一部、従業員や取引先に繰り返し送付したほか、長崎県内の被告各支店の周辺で戸別配付、街頭配付したため、多数の預金者などから問い合わせの電話が殺到したことがあり、昭和六〇年六月ころには、被告本店付近の路上で人を使って一般通行人に無料で配付し、被告従業員が配付に当たった者に対し誰の指示によるものかを問い質し、残った新聞を受け取ったところ、後に原告から、新聞を奪い取ったとして抗議の電話があったことがあった。

6  昭和五八年六月ころ、長崎相互銀行の経営を守る会と称する団体が街頭宣伝車を用いて前記代表訴訟における原告の主張と同様の内容の宣伝活動を長崎市内で行ったことがあったが、同団体の代表である訴外伊藤勝造は原告の所有するビルの賃借人であり、原告から被告の株式を譲受け、前話不正融資問題に関する情報の提供を受け、更に右街頭宣伝車も原告が経営する会社から借受けて使用したものであった。

四  以上の事実に基づいて検討するに、原告は前記代表訴訟に関し、その経過報告と称して、原告が同訴訟において主張している内容を株主に周知させるために、本件株主名簿等の閲覧謄写請求をしたと認められるところ、株主の代表訴訟の制度は、取締役が会社に対し損害賠償あるいは資本充実の責任を負い、これを履行すべきであるにもかかわらず、当該取締役らが現に会社の執行を担当しているなどの理由により、会社による責任追及が期待できない場合に、株主総会で多数意見を形成するに足りない少数株主においてもその責任の確定及び履行を求めることができるとするものであることは言を待たず、少数株主は、右代表訴訟という手段をとる一方、株主総会において自己の主張に賛成する株主を糾合し、多数派を形成することにより同様の結果を得ることができるのであり、この目的を達成するために株主名簿を閲覧したうえ、印刷物を送付するなどして自己の主張の正当性を他の多数の株主に訴え、これを説得する方法を講じ、あるいは自己の保有株式数を増やすための他の株主から株式の譲渡を受けようとするのはいささかも不当なことではない。たとえ、少数株主の主張が事実に合致せず、独自の見解に基づくものであり、これによって会社経営が混乱し、あるいは会社の対外的信用が傷つくおそれがあるとしても、それは様々な意見を持つ多数の株主を集合する株式会社制度にとって避けることのできない事態というほかなく、かような理由のない主張といえども、自由な言論と良識により淘汰排斥されるのを待つべきであり、株主名簿の閲覧を許さないことにより当初から少数株主の言論活動を事実上封じてしまうことには、正当な根拠を見出すことはできない。

しかしながら、株主名簿閲覧請求権は、株主名簿を利用して専ら会社あるいは取締役個人の信用を失墜させるため、取締役の責任追及に名を借りて宣伝活動を行う手段として行使されることも十分ありうるところであり、このような不正な目的が認められ、あるいは正当な目的を有するとしても、その言論活動の方法に行き過ぎがあり、会社や取締役個人の信用毀損のおそれが看過できないような場合においては、株主名簿閲覧請求権の行使は権利の濫用として排斥すべきである。

本件においては、証人荒木英雄が証言するところの、代表訴訟に藉口した原告の不正利得目的やその徴憑となる具体的な利得要求行為に関する事実は、その裏付けを欠き、これを認めるに十分な証拠はなく、被告も本訴において、原告の前記代表訴訟の提起追行及びこれに関する言論活動が右のような不正利得目的に出たものであることを主張してはいないので、仮にこれが事実であるとしても、顧慮することはできない。

しかし、前認定のとおり、原告は、前記代表訴訟における主張を記載した印刷物を一部株主のみならず、被告の取引先や従業員、一般人にまで広範囲に反復して配付し、街頭宣伝車を用いて無差別に宣伝行為をなし、現に多数の預金者が被告の信用に不安を覚えるという結果を発生させており、原告のかような行動は、被告の経営を刷新して株主の利益を守りたいという原告の主張とは裏腹に、地域一般社会における信用をその事業存続の第一義的な前提とする相互銀行である被告に対し、いたずらに重大な脅威を与え、ひいては株式の価値を無に帰するおそれを生じさせるものであって、株主の行動としては背理であるというほかない。そうすると、原告は、不適当な業務執行担当者の責任を追及して被告の経営の改善を図り、株主としての利益を守るために言論活動により多数派を形成する目的で株主名簿等の閲覧を求めているのではないことが推認され、また、原告の言論活動がその手段方法に相当性を欠いていることは明らかであり、原告が今後前認定のような宣伝行為を是正し、その主張する正当な目的に即した妥当な方法により言論活動をするであろうということを期待すべき何らの根拠もない以上、原告が株主名簿等の閲覧謄写をした場合、これを利用して同様の不適当な宣伝活動に出るおそれがあると認められる。

したがって、原告の本訴請求は権利の濫用としてこれを排斥するのが相当であり、原告による株主名簿等の閲覧謄写請求を拒否した被告の行為には何ら違法と評価すべき点はないというべきである。

五  よって、原告の請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 池谷泉)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例